2017/10
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視察3日目・平和の石碑
3日目、午後には、帰路の飛行機に乗ります。いささか全員くたびれています。

午前中は、戦跡公園視察と平和公園視察。

まず、八重瀬町具志頭城址を訪問しました。
展望台、休憩所に立つと、遠く太平洋のサンゴ礁の海が見えます。切り立った崖。

写真は、そこにあった八重瀬町具志頭城址の土佐の忠魂碑です。土地は高知県が買い上げ、管理は、沖縄が委託されて行なっています。
戦跡土佐
八重瀬町具志頭城址では、終戦間近の1945年6月、海からは、海上を埋め尽くす船団。陸は軍司令部の南部撤退によって日本軍が、同地に流れ込み、住民は避難場所を奪われ、ここで激戦地となり、いくつかの村のほぼ5割近い人たちがなくなりました。

当時を知る生き残りの住民は、「ここの崖っぷちまで逃れてきて、逃げ場を失い、食べるものもなく、気力も持てず、目を開けていてもすでに死んでいるような兵隊さんたちのうつろな眼が忘れられない」と語っておられたそうです。地元自治体職員の方から聞きました。

はるかに見えるサンゴ礁の美しい海は、この日は鈍色に光り、なんだか悲しくなります。

お世話になった、ガイドさんは、沖縄宜野湾市の地元で育った仲村渠(なかんたかり)さゆりさん。とても読めない苗字ですが、沖縄らしい気もします。

愛嬌と、美声と、熟練の元気いっぱいの見事なしゃべくり。
彼女は小中高校と、地元で育ちました。
基地の周辺の鉄線のついた屏には、100ボルトの電流が流れているから近寄らないように、と、おばあに言われて育ったそうです。

こんな話もありました。
「私のお母さんは、防空壕としてチビチリガマに入る予定だったけど、そこがいっぱいだからということで、シムクガマに入った。
ご存知のように、チビチリガマに避難した人たちは、そこで、80名を超える人たちが、凄惨な集団自決をした。
しかし、シムクガマに入った1000人の人たちは、ハワイに住んだことのある二人の兄弟が片言の英語でアメリカ兵と交渉し、
アメリカ兵は一般市民の命を奪わない、ということを住民に伝え、すべての人が降伏し、助かったのだという。
「母の命が救われ、私はここにいる。命の大切さ、不思議を思わざるを得ない」
「まったく戦争を知らない修学旅行の子供たちに、どう戦争を伝えればいいのか、迷います」との言葉も。

沖縄では、誰もが、こんな具体的な歴史をもっています。そのことを語るかどうかはともかくとして・・・。
(あまりに体験が重すぎて語れない、という人も多い)
お別れの時間が近づき、さゆりさんとパチリ。
ガイドといっしょ


糸満市の平和記念公園の中には、都道府県すべてからこの戦地に送られ、ここで亡くなられた兵隊さんたちの名前が刻まれた碑があります。

ここの特徴は、アメリカ兵も韓国の方々も共に名前が刻まれていること。
本人の遺族の許可を得て名前を刻み続け、今は24万人の名前が刻まれています。
前知事の想いで構想された墓碑銘だそうです。

入口のモニュメントは、沖縄県民がそこに隠れ避難していたガマをかたどっています。
平和公園ガマを模して

こっちは、沖縄戦が不可避となったときに、知事になり、子供たちを疎開させたり、なんとか県民を守ろうと、命
をかけた方を、記念して建てられた碑。
偉大な知事の碑

ここには、すべての県の慰霊碑があります。千葉県の慰霊碑もあり訪問しました。
千葉の碑の前で

そのいわれが横の碑に書かれています。3万人を超える千葉の方々がここで眠っています。
建立の言われ

毎年全国の遺族会が平和公園を訪れ、祈りを捧げています。
この日は、青森の人たちが、青森の忠魂碑の前で、粛々と祈りを捧げていました。

千葉県からも毎年、副知事をはじめとして職員と遺族が祈りを捧げるために訪れているのだとそうです。私たちも、献花と合掌の時を持ちました。

他にもいくつか忘れられない施設がありますが、いささか、疲れてきて、この辺でおしまいにします。

そうそう、視察の間中、気になったのが、野田総理が、TPPに参加を表明するかどうか・・・。
なんとも、危うい状況です。

アメリカに押されて、うっかり踏み出す昨日・今日の一歩が、日本の農業、医療・中小企業などの産業をさらに追い詰め、やがて国民の暮らしをずぶずぶと泥沼に引き込むことのないように・・・とにかく、気になります。
プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

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