2017/10
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沖縄視察・歓楽街対策
9日~11日と沖縄視察に行ってきました。
長いので、3日に分けます。

私は、環境生活警察常任委員会に所属しているので、
沖縄の「歓楽街」で、市民とともに売春宿等を撲滅した地域の視察ということで、
出かけるまでは「え~?なにそれ?」
と、正直思っていました。

沖縄に到着していきなり大雨。翌日のガイドさんの話によると、11月の雨としては、観測史上最大で、24時間で198ミリという記録的な雨量だったのだとか。
おまけに、その前日には、沖縄には珍しく、震度4の地震。
初日の夕方は、川の氾濫で町道が冠水し、交通が遮断され、帰路那覇のホテルまで大渋滞。

沖縄県は人口140万6千人。多くの島によって構成されています。
多くの島から構成される沖縄を日本地図の上に置いてみると、その距離等がイメージできます。
沖縄の位置

第二次世界大戦で現地が戦場になった沖縄では、一面の戦場跡、焼野原に最初にできたのが米軍基地。

その周囲に、もとの地主であった地元の人たちが張り付くように住み始め、街を形成していきました。
米軍基地とその周りにじっしり住宅地。歓楽街の位置は赤い矢印。
の位置歓楽街

沖縄県警は、米軍にあらゆる主導権を取られながら、制度も体制も、まったく日本の本土とは比較にもならない状態で、現地の治安維持に取り組んできました。
売春や薬物など、様々な課題が山積し、マンパワーの点でも、権力を行使できない点でも、大変だったと思います。
「今、東北の震災で、津波で街が根こそぎにされた光景をテレビなどで見ると、沖縄の戦後もこうした焼け野原からスタートしたんだな、
と、先人の苦労を、改めて思います。」という生活安全課長さんのことばです。
生活安全課の職員のみなさん。かりゆし姿です。
沖縄県警生活安全課


戦後は、米軍基地周辺から歓楽街が生まれ、観光都市として日本からも人が押し寄せ、週刊誌等にも書き立てられ
ますます、売春宿等は増え、宜野湾市の真栄原(通称・新町)には、200軒の売春宿が並びました。
細い路地の、表から見える「飾り窓」と称するガラス戸の向こうに、女性が並び、客が品定めをしながら車で通る。
雨の中で、車中から撮した光景。
売春宿1車から
売春車2
売春車3

さながら、本や映画で見る、吉原の場末のような・・・。
現在は、ほとんど廃業になっているとはいえ、そこを通ると、異様な路地裏の光景です。
こちらは、県警がとっていた写真。
真栄原写真2

そこで、犯罪の発生を抑え、全ての人々が安全で安心して暮らせる地域社会を実現しようと、
平成16年4月、時の県警本部長の提案で「ちゅらうちなー安全なまちづくり条例」を施行し、「ちゅらさん運動」を推進してきました。

その間、地域の自主防犯ボランティア団体は、平成15年末の98団体から平成21年末には625団体に増加。
運動の3本柱は
・ちゅらひとづくり・・子供たちの健全育成
・ちゅらまちづくり・・通学路・公園などの安全な環境確保
・ちゅらゆいづくり・・・地域の連帯と「ゆいまーる」の再生
「できるときに できることから」をキャッチフレーズに、より多くの方々に参加してもらうことをめざしています。

子どもの見守り活動や地域の美化・清掃活動を通じて、地域の防犯意識を高め、犯罪の発生しにくい地域社会の構築につなげています。
沖縄では、犯罪(刑法犯等)の発生状況は、平成14年末の約2万5千件をピークに、平成21年末は約1万3千件と7年連続減少し、
県民総ぐるみで取り組むちゅらさん運動が功を奏したものと考えられています。

売春街撲滅には、とりわけ地域の女性たちの運動の力が大きかったそうです。
本気で売春宿ゼロをめざす警察本部長の気迫や想いも伝わり、なんと平成23年1月には、新町の風俗店はほぼ全滅しました。
信じられない快挙です。

一方、もう一つの売春街である沖縄市美里の吉原(よしはら)。
こっちは、地元沖縄のやくざの本部が、街のなかに事務所をがっちり構えており、市民にとっても近づくことも怖い場所となっていました。
これが本部の事務所跡。
売春ヤクザの拠点
なぜか、その向かいに、自治会の部屋。
前は、ここも拠点だったとか。今は自治会がほんとに利用しているそうです、でも、こわい・・。
売春やくざ自治会

しかし、ここでも町の人たちが、新町の成功体験に触発され、
警察と一体になって粘り強く撲滅に取り組み、最盛期には300店舗あった売春宿は現在30店舗になっています。

初めから50%に減少させる、というケチな目標を立てたのでは、結局成果はでない。
100%の結果を出す、という気迫で、当初から臨んだそうです。
(なんにでも当てはまりそうな心意気!)

気になった「そこで働いていた女性たちは?」との質問に対して、
若い娘たちは、よそへ行って同様の仕事をしているのだと思う、とのこと。
かなり年齢の高い女性たちのうち、9名は、足を洗って生活保護を受け、公営住宅等に入っているとか。

なぜ、女性たちが「飾り窓」に立つような「過酷」な選択をせざるを得なくなったのか?という質問に対して、
摘発された女性たちに、沖縄県警がそれぞれ話を聞いたところ、
回答の割合は、「こずかい稼ぎ」が70%、借金・生活苦が30%、だったそうです。
「外国人が騙されて日本に連れてこられてパスポートを取り上げられて売春させられる、という事例は?」と聞きましたが
「いわゆる『管理売春』というのは、最近あまり聞かない」とのことでした。

にわかには信じがたく「ほんとに小遣いほしさに、飾り窓に姿をさらして、売春までする?」と、今も複雑な気持ちです。
でもそれが実態だとしたら、どうしたらいいのか・・・。

おそらく、戦後すぐに生まれた歓楽街では、行き場のない貧しさから苦海に身を沈め女性が多かったと多います。
今だって薬物依存や、多重債務による生活苦なども、関係しているのでしょう。
事情は一人ひとりだと思いますが、今後の人生どうするんだろう、と思うと、同性としてやりきれなく心が痛みます。

一か所で撲滅しても、また他で新しい街ができる「いたちごっこ」では?という質問に対して、
「いたちごっことは言わせない。あくまで撲滅します」という担当者の強いことばが印象的でした。
最後は、県警前のちゅらさん運動ガンダム君?の前で一枚。大きい!私がちっちゃい。
ちゅらさん運動ガンダム
プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

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