2017/07
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東北視察2日目(2)
夜も更けて来ました。
そろそろ寝なければならないので、2日目午後の南相馬市視察は、簡単に報告。
東松島から一路、相馬へ。

仙台塩釜港以北は、いわゆるリアス式海岸。
そこを南下する海岸線は、なだらかなカーブを描きます。
多賀城、名取、岩沼と、平野部は、一面何もない景色が続きます。
草原のようですが、実は田んぼや人家がありました。津波被害の爪あとが、ずっと続きます。

やがて、阿武隈川を境に、放射能の値が高くなり、津波の問題から、・津波・地震・原発事故被害の現場へと変わります。
車窓から撮った写真。
ボロボロの家
2ここもフレコンパック
いたるところにフレコンパックが積み上がっている光景。
あちこちフレコンパック
空き地、壊れた家
4壊れたままの家
の家空き地と不在
亘理(わたり)、相馬、南相馬へと入ります。
写真は、どこがどこやらわからなくなりました。
南相馬市へ入り、市庁舎前で、南相馬市の小川尚一市議会議員にバスの乗ってもらいました。
南相馬市庁舎と小川市議会議員。
南相馬市庁舎
小川さん

南相馬では、桜井市長が、再選され、早くも獅子奮迅の戦いをしておられます。
小川さんも、市長与党として、頑張って町の復興に尽力してこられた方です。

車中で、資料を参照しながら、説明を受けました。
南相馬市では死者1088人、そのうちうち震災関連死の方が452人です。
被害住宅は、23898世帯のうち、4532世帯。

南相馬市は、南から小高地区、原町地区、鹿島地区と別れます。
一例を上げると、小高地区では、12000人が住んでいましたが、最近の調査で、もどると答えた人は20%、戻らないと答えた人が30%、思案中が50%となったそうです。

仮に戻れるとなっても、日常の買い物ができるお店や、郵便局、病院、学校などがなければ、人はすめません。
もともと地盤が低かったけど、震災でさらに地盤が低下。鹿島地区では1m沈下しました。
田んぼに人影があったのでお聞きしたら、ベークライトを撒いて、土壌改良をしている実証実験をしているのだという。
本来は田んぼ
農地の耕作制限はないけれど、農家は自主的に栽培をやめています。
作物を作っても作らなくても賠償金が出ます。
ほんとは田んぼだった
田んぼは、草ぼうぼうの野原です。
壊れたままの家2
でもそこで作った作物、いくら、測ってみて放射能の値が低かったとしても、
果たして市場に出して、だれが、買う?

原田地区は、日中自宅に帰ることはできますが、宿泊は今もダメ。
家は傾き、屋根はブルーシートのまま、ドアは朽ちて、道路はぺんぺん草が生えています。
壊れたままの屋根
までいの里
フレコンと倒木1
南相馬の奇跡の1本松
南相馬の軌跡の一本松
東北電力の石炭火力発電。石炭が陸揚げされます。
石炭火力発電
時間が止まっっています。小川さん、詳細なデータありがとうございました。

今日はここまで。
明日は、大熊町の人たちが住む仮設住宅について書きます。おやすみなさい、12時10分です。
プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

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