2017/10
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東北視察2日目
出がけで、あまり書けませんが、2日目です。
この日は、7時45分に出発し、航空自衛隊松島基地へ向かいました。

大和町から東松島のある自衛隊入口へ。車中から見ると、家が流され空き地がめだちます。

でも、なんで、自衛隊?
ここも、巨大津波にのまれ、一面、浸水、破壊されたからです。
また、被災後、いちはやy救援活動を開始し、遺体の回収、がれき撤収、その他、隊員たちは昼夜を分たず働き続けたことは、多くの映像とともに紹介されてきました。
第11飛行隊


同基地は、昭和17年に旧海軍航空基地として建設。
昭和20年には、米軍駐留。
昭和29年保安隊臨時松島派遣新設。

ブルーインパルスは平成7年から導入。
この写真は、建物の屋上から撮ったもの。
ブルーインパルスが、着陸します。(実はこの光景を見るために、朝早くホテルを出発したのです)
着陸インパルス
ズラッと並ぶブルーインパルス。男の子が大喜びしそうな勇姿です。
でも、高い!
一機100億円を超えるそうです。そんな飛行機がずらっと並びます・・・。
インパルス並ぶ
これは、最後に、滑走路のあたりで撮った写真です。
ブルーインパルス
自民党さんと一緒の視察でなければ、こうした場所を見学することはできなかったでしょう。

室内で、震災当時の話を聞きました。
3・11当日は雪で訓練は中止。15時10分過ぎに津波警報。宮城県全体で試写1万人を超え、東松島、女浜、石巻だけでも5000人を超えました。その救援活動。

航空隊輸送拠点として活動し、燃料支援をしました。灯油は、実はほとんど火葬用の燃料として使われました。毎週637名の遺体を収容したそうです。
その他、給水支援、住民生活支援、入浴支援などを行いました。

自衛隊では、隊員は訓練を積んでいるので、支援中は、ゆっくり布団には寝ません。食事も缶詰、レトルトだけ。
ちゃんとした食糧支援や、夜具や衣類の支援は、市民に対してだけ行います。自らは、その辺で仮眠するだけ。
そのように、訓練されているから、という説明でしたが、気が遠くなります。

そんな自衛隊の姿を見て、多くの市民が、心からの感謝をしました。
自衛隊が、「災害救援隊」という名称ならいいのに、と思ってしまいます。
その後、旧飛行機を展示している広場へ。ここは、もちろん浸水しました。

建物にここまで浸水の印があります。
震災津波ここまでの印
展示している飛行機789号にも親水の印。
飛行機ここまで津波
展示している飛行機はしっかり固定されていたので、流されず、水につかりました。
しかし、ほとんどの飛行機は流され、建物に突き刺さり、建物も破壊しました。
流されたヘリはに2機、ジェット機は10機以上がダメになり、解体して、使える部品はリサイクル。

防音林として植栽されていた松4万本は、すべて流され、立ち枯れ、今は植え替えました。

展示スペースにあったベンチは、ひしゃげています。そのままモニュメントのように残されています。
ねじ曲がったベンチ

格納庫も浸水したので、嵩上げしました。格納庫全体をまず62m曳き家の手法で動かし、(なんと一日60cmコロで動かします。気の遠くなる作業)嵩上げし、また、元の場所に、曳き家手法でもどしました。

午後は、南相馬市へ。続きは、また、後で。



プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

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