2017/10
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長浜 黒壁 
二日目は、長浜市。
午前中は、長浜市役所で、長浜観光振興課の方からお話を伺いました。

昭和53年、「勝力に満ちた風格のある街」をめざそうという方針策定。

昭和58年には秀吉が築城した長浜城の外観を持つ歴史博物館をオープン。

工事費10億3700万円のうち4億3000万円は市民からの寄付(うち2億はひとりの人がぽんと出したというから驚き!)同年長浜駅舎鉄道館も建設し、長浜出世まつりを開催。なんと、10日間で52万人を動員。「やればできる」というおおきな自信につながり、翌年には、街全体を博物館にしようという構想を策定。

傑作なのは、長浜きもの大園遊会の企画です。
地元の「浜ちりめん」を認知してもらうために、街中で、若い女性に着物を着て歩いてもらい、豪華景品の抽選会を行う、というもの。街中に1000人もの着物姿の女性があふれた、というから、さぞ壮観だったことでしょう。

一通り、長浜の歴史と観光振興策の様々をお聞きしたあと、時間があったので、長浜盆梅展に案内してくださいました。

まずは、駅近くの慶雲館の雪景色です。慶雲館は、明治天皇のご休憩所として、土地の豪商が自費で3ヶ月で建設したそうです。
慶雲館雪景色
いわれが書いてあります。
高山七蔵翁

想像した盆栽展とは大違い!
400年の年月、風雪に耐え丹精込められてきた盆梅の数々にたまげます。この見事な梅の銘は「不老」
不老と私
有名作家の讃も掛け軸に。これは寂聴さんの俳句
寂聴と梅
ほかに、堀口大學の歌も。

故高山七蔵翁が長浜市に40鉢を寄贈したことに始まります。
昭和26年から毎年長浜の盆梅専門員によって大切に守られてきた盆梅。

これだけの作品、寄贈されても管理しきれない、というこtで、通常の役人なら寄贈を断っちゃうだろうな、と思います。
搬入、搬出も大変だと思う。ご案内くださった長浜市の職員に方々、ありがとうございました。

******

さて、ここからは、「黒壁」の物語です。

ご多分に漏れず、同地でも、郊外型の店舗が進出し、600軒あった店舗は、激減。買い物客の実態調査をしようと、街の一角に立って調べた時には、1時間に人4人と犬一匹しか通らなかったという悲惨さ。

そんな時に、かつて美しい黒壁づくりで親しまれた黒壁銀行(その後、壁は白く塗られカソリック教会に)が解体されることになりました。保存すべきという市民の声が湧き上がりました。

しかし言うは易く、実行は難しく、買取、改修には1億3~4千万円かかるのに、行政の出資は4000万円が限界。

そこで、地元の有志7名と、地元信用金庫が9000万円を出し、建物の保存・活用をめざす第三セクター(株)黒壁が誕生しました。
黒壁1号館

出資したのは、商店街のメンバーでなく、商工会議所で活動を共にしてきた革新的気質に富んだメンバーたちでした。

笹原司朗(もりあき)氏は、そのリーダー的存在であり、「無一物からの再興のカリスマ」と言われています。

長浜らしさという固定観念を捨てて、お金で買えないなにか、「無一物、無所有、無尽蔵」という長浜出身の思想家西田天香氏の理念に沿った活用をめざしました。

①建物を含めた歴史性、
②祭りを含めた文化芸術性、
③国際性豊かなもの、
という欲張った理念に基づいて建物の活用を模索していた時、
役員の一人が
「ガラス制作しているところには、人が集まるよ」
と漏らしました。

そこからガラス事業の研究が始まります。
しかし国内の様々なガラス観光地を視察しましたが、国内の土産物ばかりのガラス製品でがっかり。

役員たちは、自費でヨーロッパのガラス視察に出かけました。

そこで、カルチャーショック!

東洋は、陶磁器の文化が成熟しているが、ヨーロッパはガラスの歴史・文化が半端でなく成熟していることを体感。

その後、笹原さんたちが発想したことがすごい!

ここでは、ガラス製品を売るのでなく、ガラスの文化を追求し、見せる。

世界の一流品を集め、最高のデイスプレイで見せる・若い女性の感性を活かす!
様々なガラスの技法を窓越しに見せる。そして「売ろう」としました。

若い才能を海外へ留学させたり、買い付けに女性を活用したり、なども行いました。
その結果、結婚式の引き出物や、大切な節目の記念品としての需要が定着しているということです。

長浜は戦国時代に様々な合戦の舞台になったこともあり、
NHKなどの大河ドラマで舞台となると、
その都度、観光客はどっと増えます。

普通は一過性で終わるのですが、長浜は黒壁を中心に、リピーターが40%を超えることが特徴です。

新しく店舗が増えていたり、新しい企画が次々に行われていたりなど、来訪者がまさしくワクワクするまちと言えます。

かつて人4人に犬1匹しか通らなかった町が、いまや、年間200万人を超える来街者で賑わう街となりました。

ちょっとレトロな街並みが美しく、統一されていることも、そぞろ歩きをする魅力です。

町並みのコンセプト
・単なる土産物店は入れない。
・コンビニはダメ。
・大きなイベントや博覧会に芸能人は呼ばない、…などもユニークです。

これだけのコンセプトを維持するためには地元商店街ともきっと様々な軋轢があったはずです。

儲かり始め、人が集まり始めると、とかく地元商店街が安易に土産物店などを出したがるものだと思いますが、
それをきっぱり断って、グレードを保ち続けることは大変な事です。

今や県外からもポリシーやアイデアを持った店舗が次々にオープンしています。

街中を縦断する北国街道とのコラボもひとつの見せ場となっています。

まちづくり役場
まちづくり役場
ともにまちづくりを担ってきた「まちづくり役場」(1998年発足)の役割も見逃せません。
説明いただいたのは、山崎さん。

前の店舗の土田金物店の看板が乗っかったままですが、中は、次々訪れる視察や研修への対応、まちづくりのアイデアを練ったり、商店街に出店したい新規店舗の相談に乗ったりなど、老若何女が、絶えず出入りしています。

この日も鳥取大学の学生さんたちが研修に訪れていました。

行政の世話にならず、自ら稼ぎ、まちづくりの様々な情報の受発信の拠点となっています。

プラチナプラザ
北近江秀吉博覧会の時に募集した「55歳以上の青年男女」が、
活き活きとボランティアで参加し、
その人たちが中心となって、今も「プラチナプラザ」としてまちづくり活性化に寄与しています。

シルバーの一枚上を行く、ということで「プラチナ」なんだそうです。

設立に際しては、一人当たり5万円の出資をし、経営者の立場で参加し、
野菜工房、お惣菜、リサイクル工房、井戸端道場を経営しています。

ワーカーズコレクティブのような経営方式と言えます。

書きたいことは、いっぱいだけど、このくらいにしておきます。

ここまで、街を盛り上げて来れた原因は何ですか?という質問に、
太閤さんのころからの、「町衆」の心意気みたいなもんでしょうか。

と、長浜市役所さんも、笹原さんも答えてくださいました。

結局、「人」なんだなーと、ため息。

最後に、お昼に立ち寄ったおいしいのっぺいうどんのお店とのっぺいうどんです。
のっぺいうどん店舗
のっぺいうどん

案内してくださった皆様、ありがとうございました。




プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

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