2017/09
≪08  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30   10≫
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
一人暮らしでも住み慣れた地域で~在宅緩和ケア~
千葉土建市原支部40周年記念式典に参加しました。

組合活動を40年も続けるということは、山あり谷あり、大変だったと思います。
ご挨拶させてもらいました。

写真は、千葉土建の表彰式の様子。
千葉土建表彰2

******

午後は、千葉市文化センターで行われた「一人暮らしでも住み慣れた地域で」というタイトルの公開講座に参加しました。
在宅緩和ケア

講師のトップバッターは、上野千鶴子さん
上野千鶴子
いつもの、なめらかでユーモアたっぷりのお話し。

おひとり様の老後の次は、おひとり様の「死」が待っている。
今や昔のように「死」を会話の中でタブー視することはなくなった。


今、千鶴子さんは、
「在宅ひとり死」準備セミナーというものを定期的に開いている。
みんなあっけらかんと話し合っているそうです。

1990年 山崎医師が「病院で死ぬということ」という著書を出した時は、大センセーションだった。

沖藤のりこさんは、「それでも我が家から逝きたい」と主張。
「それでも」と言わなければならないのが、切ないですね。

過疎地では、既に高齢化のピークは過ぎている。これからは都市が高齢化の巨大な大津波に飲み込まれる。

その時に、3・11の震災があって、その言葉は、差し控えられた。

都市部の高齢化は、問題は、まだ軽いかもしれない。
まず、都市部は持ち家率が、85%。遺族年金、生命保険など、けっこう持っている人が多いから。

いまや、「死に場所難民」という時代。

死に場所は
  病院  :  家   :   施設
  80%   14%      6%


しかし一人であっても、以下の3点があれば、OK。
1)巡回型訪問介護
2)巡回訪問型医療
3)巡回訪問型看護


一人暮らしの人が、たまたま巡回訪問の間の一人の時に、死んだからといって「孤独死」というのは、大きなお世話。
病院でなく、地域で、家で死にたいという本人の抵抗勢力になるのは、「家族」だという。


これは、ある事例です。
上野さんの知人(おひとり様仮にAさんとします)が、多くの友人が交代で介護するなか、最後のお世話をしていた友人Bさんが、心配して「ホスピス病棟」への入院を勧めた。

Aさんは、ぐずぐず先延ばしにしていたけど、とうとう根負けして入院。2日で亡くなった。

Bさんは、たった2日しか、病院の手当が受けられなかった。もっと早くに決断していれば良かったのに・・・・と悔やんだ。

しかし上野さんは
あと2日、ぐずぐず先延ばしにしていれば、家で死を迎えることができたのに!と思った。

というわけで、上野さんの「まとめ」です。

・意思決定はいらない。(強いてはならない)

・暮らしには慣性がある(そこにずっと暮らしてきた慣れた家というのは、身体の延長上にある身体の一部のようなもの。それを無理に引き剥がすことはない)

・介護・ホスピス・医療サービスは、あくまで外付けでしかない。

・比べて選ぶこと。嫌なら取り替えること。

・「ぐずぐず・だましだまし」がキーワード。(決めないで居続けること)


お後がよろしいようで、という感じで上野千鶴子さんの講演は終わりました。

*****
次は、さらにもっとびっくりの面白さ。
小笠原文雄

在宅緩和ケアで朗らかに生きよう
~おひとり様でも大丈夫~  小笠原文雄先生(岐阜県医療法人聖徳会の院長・日本在宅ホスピス協会会長)です。

先生は、岐阜県にお住まいで、平成元年に訪問看護を始めた草分け的存在。
いくつかの体験や事例をパワーポイントを駆使して話してくださいました。

病院にいたときは、糖尿病でむくんで死んだような顔をしていた患者さんが、家に帰って久しぶりに訪問したら、見違えるように生き生きとしていて、びっくり!

先生にとって、目からウロコの体験でした。

「家に帰りたい」としか言わないおばあさん。

多分病状もよくはならないし、病院で笑顔でいられないなら、本人の望むように、家に、ということで、おばあさんは、在宅看護を了解してもらいました。

なんと3ヶ月後には、生き生きとして、喫茶店にまで自分で行けるようになってしまったというから驚きです。
お化粧までして別人! 今は、畑仕事までやっているのだそうです。

78才で、元教師の子供会のお世話などをしてきたおばあさん。
在宅緩和ケア病棟を見学し、「まだ自分が行くところではない」と判断。
自宅で,最期まで、と選択しました。

「一人で家で死ねるなんて、こんな幸せなことはない」と極上の明るい笑顔です。
「家にいれば、生活ができる」
・・・その後、友人に囲まれ、満足、納得して死を迎えられました。

79歳の元社長さん。
9月、肺がんで疼痛、呼吸困難で、在宅緩和ケアを選択。
自宅で、先生やお世話するスタッフと「笑顔」で写真を撮り、
その写真を見てしみじみと、「わが人生で最高の笑顔である」と感想を述べられたそうです。

10月 訪問入浴後、「ビールがうまい!」
社長さんですから、ずっと上等のお酒は呑んできたと思いますが、
こんな時は、湯上りのビールが五臓六腑に染み渡ったんでしょうね。

11月 お風呂にも入れなくなり、「そろそろ死ぬのかな」
翌日、6時間もかけて子供達に遺言を残し、旅立ちました。

まだまだ、あれやこれや、抜群のユーモアを交えたお話で、満席の会場は、暖かい空気に包まれました。

その後、訪問看護師、介護福祉士、奥様を介護見送りされたご家族によるパネルデスカッション。
ここでも、充実した話が聞けました。

最後は、関係ないけど、
途中でリサイクルフェスタ?のようなイベントがあって、そこで行われていた路上パフォーマンスの写真です。
路上パフォーマンス




    
プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。