2017/10
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教えて!竹中繁さんのこと
秘密保護法が、むちゃくちゃな強行採決で、とうとう国会で可決されました。

強行採決のあと、私は、何だか力が抜けて、ウロウロしていました。

しかし!今日の東京新聞を読んで、ちょっと元気を取り戻しました。

「がっかりしている場合でない」
そんな声を上げている人たちが、たくさんいることに勇気づけらます。

諦めていない人たちがいる。たくさんいる。
そして私たちには、次の選挙で、
原発推進の人にも、秘密保護法に賛成した人にも投票しないという選択肢がある。

次の選挙の頃までには、国民はみんな忘れているだろうって?!

とんでもない!

矛盾だらけで、拙速なこの法律の廃案を求めて、あの手、この手で揺さぶっていこう。

どんどん情報公開請求して、何が拒否されるか(どこまで秘密にされるのか)はっきりさせよう!

そんな気持ちになりました。

*******

さて、写真は、鶴舞公民館で行われた「教えて!竹中繁さんのこと」と題する講演会のようすです。
江刺昭子先生
講師は、元東京海洋大学および埼玉大学の講師をしておられた江刺昭子先生。

先生は、人物評伝、女性史などの研究、執筆に関わり、草分けの女性新聞記者たち14人の列伝「女のくせに」という著書を出版しておられます。

その中に、竹中繁さんについても書かれています。

実は、竹中繁さんは、かつて鶴舞に住んでおられた女性新聞記者の草分け的な存在の方です。

なんと竹中半兵衛の子孫で、お父さんの名前は、竹中半蔵さんというから、驚きです。

女性たちが上級学校にいくなど、考えられない時代。
そんな時代に、自立する女性として学び、語学力を買われ、東京朝日新聞の社員として、男社会で苦労して記事を書き、やがて署名入りの記事も掲載されるなど、活躍された方です。

大正に入ってからは、日本婦人記者クラブを設立。市川房枝さん立ち婦人解放運動家とも深く交流し、
市川房枝さんは、鶴舞の竹中繁さんのお宅に度々こられたそうです。

江刺先生のお話しの中に、教科書で教わった女性たちの名前が次々にでてきて、ワクワクします。
平塚雷鳥、大沢豊子、小橋三四子、岡本かの子、矢島楫子・・・。

中国を訪問した時は、本気で親中交流をし、中国人学生を支援sるなど、その広範な社会活動にも驚かされます。

太平洋戦争が激しくなる前の昭和16年に鶴舞に転居。

鶴舞在住当時のことを座談会形式で語り合う地元の皆さんと江刺さん。
座談会

以下は、当時の洋装のハイカラ帽姿の繁さんや、市川房枝さんたちとの写真
竹中邸で写真

座談会のあとで、今も残る繁さんのお宅へみんなで出かけました。
地元の方が、みなさんが訪ねてくださるなら、ということで、事前に、
お庭をきれいに手入れしてくださっていました。
竹中繁さん宅

眺望のよいお庭から牛久の町がよく見えました。

プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

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