2017/10
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浅間総合病院&佐久総合病院(視察2)
7月12日の続き、午後13時~
佐久平駅まで、佐久市の元気な女性職員がお迎えに来てくださいました。

浅間総合病院(佐久市立国保)(ベット数323床)
浅間総合病院

佐久市は人口10万人。決して大きな町ではありません。
しかし、ここに市立浅間総合病院と県下最大の佐久総合病院(821床))(長野厚生連)があります。

ちょっと脱線しますが、佐久市議会のこと。

議会も元気で、議員定数は28人ですが、全員が質問するので、会期中は毎日7時まで開会しているそうです。質問はもちろん一問一答。
議案質疑は発言時間制限なし(発言は自分の席で行う)。

議会基本条例も本年4月1日から施行されています。
内容もなかなか面白そうですが、ここでは省きます。

さて、本題に戻って、病院のこと。

ついこの間まで、わが市原にも市民病院がありましたが、市財政の大きな財政負担となり利用率も下がり続け、やがて閉めました。

佐久市の柳田市長は、世界最高の健康市をめざしています。

佐久市立浅間総合病院は、近くに巨大な病院があることをいいわけにもせず、逆に連携をしっかり取ることで、常勤医師数46名の体制で、佐久地域での医療完結型医療の拠点として大きな役割を担っています。

冒頭、村島隆太郎先生が、病院概要をお話してくださいました。
浅間村島先生
(写真中央が村島先生)

病院、診療所、住民の協力のもと、住民は「かかりつけ医」を持ち、急病で困ったときに救急外来を利用するよう促しています。

佐久総合病院との連携も大きく、
平成22年の紹介患者数
浅間→佐久 330件。
佐久→浅間 124件。
平成23年 
浅間→佐久382件、佐久→浅間230件 と、年々増加しています。

さらに、今、建設中の佐久医療センター(佐久総合病院が分院化)が完成すれば、ますます連携は強化されるだろうとのことでした。

次に、地域医療部長の仲元司先生から
「糖尿病連携クリニカルパス」について詳しくお聞きしました。
連携パスの図

糖尿病は、今やその予備軍を含めると日本では4人にひとりが超尿病と言われるほど、身近な病気で、
予防と対策は、地域医療の大きなポイントです。
(写真は全国的に医師不足を表すデータ地図)
糖尿病医師不足データ

仲先生は、ご両親が佐倉に住んでおられるということで、一気に気持ちが近くなりました。
仲先生と入江さん
佐倉の入江さんと仲先生

千葉県の東金病院の平井愛山先生を尊敬し、東金病院の手法を学んで、ここで取り入れているとのこと。
「東金は今後閉院することになります」とお話したら、とても驚いておられました。

病院会計についてもお聞きしました。健全経営です。

病院の整備等で一時的に数年間赤字にはなりますが、その後は黒字。
国からの地方公営企業繰り出し基準に基づき交付金が入ります。

整備事業費に対して、市の一般会計から少し繰り入れますが、それ以外は、市からの援助はなし。
(消費税が上がれば第二次整備事業の整備単価も上がるので、頭の痛いところ)

ところで、地域医療室「健康管理係」の紹介ページで気になる紹介文。
「・・・健康管理係は、計17名が勤務しています。(略)・・
他にも広く活躍している魅力たっぷり・お色気たっぷりの職場です。」ムム?

こんな洒落っ気のある職場、いいですね♪

そして、最後は、佐久総合病院。
佐久総合病院

歴史と伝統に裏打ちされた長野県最大の病院で、ベット数は821床。
医師数は常勤で212人。薬剤師41人、保健師114人、助産師38人、看護師786人、その他あれこれの医療専門家まで合わせると総数2121人という巨大組織です。

この体制で、佐久医療圏のみならず、周辺過疎地域までカバーしています。
DSCN0226.jpg

医師だけでなく、その他の職員の充実ぶりが、患者にとっての安心につながっていることがわかります。

人懐っこくざっくばらんな名誉院長の夏川周介先生が、直々ビデオで、佐久総合病院の歴史、現在の状況、これからの体制など説明してくださいました。
夏川先生と写真

佐久病院は、昭和19年1月に農協の20床の病院としてスタートしました。
佐久総合病院昭和20年

無医村地区の多い南佐久郡の小さな病院に、あの伝説の若月俊一先生が、外科部長として赴任したのは、その翌年の昭和20年3月です。
1佐久の医療
馬の時代から、今やドクターへりの時代へ。

その後の目覚しい若月院長の農村伝道とも言うべき地域医療への取り組みは「信州に上医あり」(岩波新書)に詳しく書かれています。

今、佐久総合病院のベット数は、分院や老健まで含めると1214床です。

昭和20年当時、農村は貧しく、農作業は重労働。
冷たい田んぼに膝まで浸かりながらの田植えや草取りは、農民の体を芯から冷やし、農民の腰を曲げてしまい、偏った塩辛い食習慣は、塩分過多や栄養不良による様々な病気を引き起こしていました。

そこで、若月院長が取り組んだのが、病院で患者を待つのでなく、農村へ自ら出かけ、地域で検診を行うこと。

地域にくまなく入り込み、生活改善を促す保健補導員との協働によって農村の生活そのものを変えようという取り組みでした。
DSCN0230.jpg

ビデオでは、病気の原因を動物実験でしっかり解明し説明しようとする佐久病院の
取り組みも紹介されていました。

単に情熱と強靭な意思の力だけでなく、緻密な実験で、国内外の医学会をしっかり説得する力もすごかったのだとわかりました。

病院玄関には、基本理念が掲げられています。
佐久総合家訓
患者さんの権利と責任と題するその理念には、
患者におもねるのでなく、患者自らも「医師と協力して療養の効果をあげることが大切である」とも書かれています。
DSCN0244.jpg

遺族が悲しみを語り合う会への参加もこんなに充実しています。
佐久故人を偲ぶ会

今、佐久総合病院では、佐久総合病院を二つに分割し再構築しようとしています。
病院の分割構想
急病に対応する「佐久医療センター」とその他の病院機能を有する従来からの総合病院です。

車中から、ちらっと建築中の「佐久医療センター」が見えました。車中から一枚パチリ。
佐久医療センター建築中

図面は以下のとおり。
佐久医療センター完成予想図

夏川先生とお別れしたあと、佐久総合病院にお勤めの色平哲郎先生と院内の食堂?喫茶室?で、歓談しました。

相変わらず、あったかく元気な色平先生にお目にかかれて、すっかり得した気分です。
先生には、後で駅まで送っていただきました。ありがとうございました。
写真色平先生と
ピースまでしてくださいました。

今回は、4箇所、駆け足のような視察でしたが、どこでも感じたのが、とてもみなさんが率直だったこと。

ざっくばらんに、あれこれ、課題を含めて話してくださいました。

関係者の皆様、ほんとにお忙しい時間を割いて説明していただきありがとうございました。改めて紙面を借りてお礼申し上げます。

この成果をきっと、千葉県の医療のありかたを検討する際の参考にさせていただきます。
プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

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