2017/08
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歴史&デモ&東北の今
3月2日(土)
YOUホールで「ここまでわかった市原の遺跡」第3回に参加しました。
たくさんの人たちが出席していました。(歴史好きの人が多い)

国分寺台の区画整理開発に先立って行われた埋蔵文化財発掘調査の成果としての発表です。
1回目は平成20年 西広貝塚について

2回目は平成22年 上総国分寺総寺跡について、

今回が3回目で、天神台遺跡について
講師は忍澤成視さん(埋蔵文化財調査センター職員)
DSCN2517.jpg

市原は古墳も宝庫で、天神台遺跡や諏訪台古墳群は弥生時代から古墳時代、奈良・平安まで300基にもおよぶ古墳があることで有名ですが、さらにその下から縄文時代の貝塚やムラの跡が見つかったというもの。
古墳の下縄文の村
写真は、いわゆる竪穴式住居の柱跡などの写真です。

次の市講師は、牧野光隆さん(同じくセンター職員)による
縄文早・前期遺跡の話です。
わかりやすくユーモアを交えてのお話ですが、ちょっとマイクの音量が小さくて聞き取りにくい。

面白いと思ったのは、市原に人が住み始めたころからを40センチのものさしで表すと、弥生時代以降というのは、最後の2センチ以降だということ。

氷河期には、東京湾はすべて陸地でした。
その後、温暖になり、湾ができますが、海岸線は、今よりずっと内陸です。
縄文前期後葉の海岸
市原の3駅はいずれも海の中です。養老川河口はすべて干潟で、豊富な魚介が採れたと思われます。

(だから便利な場所に人が住み着き、貝塚ができました。)

わずか一万年前のことだってこんなにわからないのです。
3万年後まで放射性廃棄物を安全に保管することが、いかにナンセンスか・・・。

夕方から、憲法を守ろう市民連絡会の有志と五井で脱原発のデモを行いました。
昨日は春一番で南風だったのに、今日は、同じ風が北風になって冷た~く、寒~い!
着ぐるみもあって賑やかにシュプレヒコールやデモを行いました。
五井デモ
五井デモ2
五井デモ3
遠い東京でデモを行うことも大事ですが、地元でデモを行うのもいいもんです。

もっと寒くない日に、またやりましょう!

今日(日曜日)は、教会で東北教区被災者支援センター・エマオで教団派遣専従者として働いておられる佐藤真史伝道師を招いての特別集会と午後の学習会が行われました。

「エマオ」とは、

イエスが十字架にかけられたあと、
絶望した弟子たちが、故郷へ帰ろうと語り合いながら歩いていたとき、
声をかけてきた旅人が実はイエスだったと後で弟子たちが気づく、
という不思議な物語の舞台となった場所のことです。

幻想的で、不思議な私の好きな聖書の箇所の一つです。

写真は、午後の勉強会の準備をする面々。
教会集会準備

講師の佐藤真史さん。
教会研修会

写真は仙台荒浜地区の震災前と震災後の景色
遠くに見える松林は、もとはうっそうとした松林でしたが、震災後は、まばらな松がばらばらと立つだけ。
震災前とあと

被災者の支援は、今は、がれき除去やどろの掻き出しなどの緊急一次支援の時期をすぎて、
中長期視点での支援へと移行しています。

仙台若林区の七郷笹屋敷町は避難地区に指定されていません。

今は76世帯が帰ってきましたが、40世帯は今も帰れていません。
それは、津波で家が壊れたけれど、未だ、建て替えることができない人たちです。

高齢であったり、家庭の事情があったりして、帰れない理由は様々です。

子供たちへの支援や、仮設住宅の人たちへの支援など、まだまだできることはあるそうです。
エマオでは、「スローワーク=寄り添い」をモットーとしています。ゆっくり、丁寧に、相手にあわせて支援します。

穏やかな佐藤さんお話を聞いていても、その仕事ぶりが伝わってきます。

改めて、東北を忘れないことを肝に銘じました。
プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

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