2017/09
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シベリア抑留体験のお話
今日は、いちはら市民ネットの平和部会主催の学習会。
戦争体験~シベリア抑留~青葉台の山田治男さんのお話を伺いました。
IMG_4345[1]
敗戦の色濃くなった昭和20年1月、満州の関東軍に入隊した山田さん。
既に戦車もなく、大砲も持たない日本軍は、「戦車隊」と称して敵の戦車を穴に落とし、
その穴から出てくる戦車の腹の部分に、手槍の先につけた手榴弾で打撃を与える、という戦法を取っていた。
もちろん、手榴弾を打ち込む兵隊は死ぬ。
また、戦車は後から後からくるので、全くの焼け石に水。

山田さん自身は、砲弾を持たない砲兵という役割だった。

戦争は人の殺し合い。
撃つ側にも,撃たれる側にも、家族がある。それでも戦闘が始まれば殺し合いが始まる。

そして8月の敗戦。武装解除はされたが、
黒龍江の近くの黒河(こっか)という場所にいた山田さんたちの部隊は、9月にはシベリアへ送られた。
満州もシベリアも、11月から5月までは結氷する寒いところ。

粗末な食べ物、

極度の寒さ
(マイナス40度の寒さでは、鼻から青くなって腐っていく。痛みはない。同僚が気づいてあわてて擦り何とか元に戻る。
便所は板を渡しただけの粗末なむき出しのもの。便がだんだん高くなって尻につかえるので、それを崩装置すると顔にかかることも・・・そして外にある便所に行くまでに力尽きる人も・・・。

そして過酷な労働。裸にされ、後ろ向きにされ、お尻の肉をつままれ、まだつまめるようなら体力ありということで過酷な労働へ。
体力のないものや、半病人は内部の勤務。

20代後半以上の人から、次々と死んでいく。
火葬はマキもなくできないので、土葬に。
深く穴をほれないので、浅く埋めると、
次に行った時には、狼に根こそぎ食い荒らされて跡形もなくなっている。
そして、そんなことさえ、日常的になって、麻痺してくる。 

本来は、ジュネーブ条約で捕虜に苦役を課してはならないことになっているが、そんなことはロシアは知ったこっちゃない。
日本は、敗戦後は、アメリカやロシアに遠慮して何も言えなかった。

「条約」なんて、ただの紙切れ。
国と国は、力がイーブン(同じ)の時は仲良くやれるが、
力が不均衡になると、主従関係となり、弱者は従属するだけ。

ロシアの巧妙な「教育」も、きつかった。
共産主義を礼賛するようしむける教育、
ダモイ東京(日本に返してやるよ)、という帰国を餌に、内部分裂をあおる。
日本人同士をなるべくケンカさせる、対立させ、疑心暗鬼にさせる教育。・・・聞いているだけで胸が苦しくなる。

教養のある人が人の食べ物をとったりする場面を何度も見た。
ホントの教育は、「人のものを獲ってはいけない、騙してはいけない」という当たり前のことを、まずしっかり教えること。

考えて欲しいことは
「どうすれば、戦争にまきこまれないか」ということ。
棚ぼたで誰かが何とかしてくれるのを待っていてもダメ。

スイスを学んで欲しい。人口600万~700万人。面積は九州くらい。
観光と精密工学(時計に代表される)の国という印象が強いが、
この国は、自らの国は、自ら守る気概に満ちている。

すべての家が国旗を掲げている(この点は、私は日の丸が好きでないのでちょっと同意できない)

すべての家で国旗を掲げているのは、自分はスイスの国民であると個々人が宣言しているのだ。
スイスは絶えず、「どうすれば戦争に巻き込まれないか」を考えている。

だから、どこの国とも仲良くしない。(特定の国と仲良くすれば戦争に巻き込まれることになる)巻き込まれないこと、近隣国と距離を保つことに多大なエネルギーを使っている。

だからこそ、国際的な機関のかなりの数がスイスにあるのだ。
ダボス会議、スイス銀行・・・エトセトラ・・!

その後も次々興味深い話が続々。

今日は、佐倉高校から女子高生が二人、私たちの勉強会に来てくれた。
どうして、はるばる市原まで?と聞いたら、

学校のSGHプログラムの一環で、自分たちは「どうしたら戦争を止められるか」というテーマに取り組むことにした。
しかし、単に本で歴史を学んだり、戦争反対を訴えるのでなく、「戦争についてもっと知り、発信していこう」という活動に取り組むことにした。

戦争体験者の話を聞き、グロテスクな映像や現実からも目を背けず、知ること、せめて追体験することを大切にしたい、と思ってきました、とのこと。

「私たちの教科書は真実を書いていると思いますか?」という高校生の質問に対して、
山田さんは、「二種類の教科書を読み比べなさい」とアドバイス。

真実を隠している編集、また誇張して書いている編集、一方に偏るのでなく、まずは自分なりに偏見を持たずに読み比べることの大切さを山田さんは伝えたいのだと思う。
(同感です)

それにしても、きっぱり、自分の言葉で話をする二人の高校生に、一同、すっかり感動!

こんな若者と出会えたこともホントに嬉しい一日でした。

山田さんお薦めのこの冊子は、漫画で読みやすいので、ぜひどうぞ。
シべりア










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ひさしぶり!
1五味先生
ブログを長いあいだサボっていた間に、画面が壊れて、さらに更新ができなくなっていました。
ようやく、復活!

昨日は、いちはら市民ネットの総会。
市民会館で粛々と総会を行ない、議事進行。

そして、その後、講演会。
講師は、姉崎で五味クリニックを開業している五味博子先生です。帝京大学病院で勤務しながら、
市原で25年間、終末期、看取りまでを含めた「在宅医療」を強力に推進したきた先生です。
市原の「在宅医療」といえば、医療関係者の誰もが、五味先生の名前をあげる方です。

お忙しい先生にお願いして、私にとっても最大のテーマである「在宅での看取り」を中心にお話していただきました。
「すてきな終活」~がんになっても大丈夫~

会場は、あれよあれよという間に満席。びっしり!の人!
ネット主催の講演会でここまで人が入ったことがあったかしら、という状態です。

先生は、3000人の患者さんを在宅で看取ってきました。
そして、自らの体験から、
人が死ぬときは、食欲が低下し、脱水傾向になり、血液が濃縮して、脳の循環が悪くなり、意識が朦朧としてきて呼吸が浅くなり、低酸素になり、さらに意識が落ちて、脳内モルヒネ物質βエンドルフィンが分泌され、幻覚が見えて、安らかに美しく天に召されることができるということに気づかれたそうです。

かつては、おじいちゃん、おばあちゃんが枯れるように自然に寿命で死んでいく姿を、子供や孫は、見てきたはずなのに、
今は、75%の人が、病院に担ぎ込まれ、点滴やら,蘇生やらをほどこされ、七転八倒の苦しみの中で、最後は、なんとかモルヒネで楽にしてもらって、死ぬのが当たりまえになり、
ますます、「死」が怖いものになっているのではないでしょうか。

今回の代表質問では、「在宅医療」についても取り上げました。

自らの「死」を、どういう形で迎えたいか?
私は、どういうわけか、子供の頃から、自らの「死」について夢想してきました。

そこで、「在宅での看取り」を議会質問のテーマにしたい、と話したら、
「いくらなんでも、「看取り」だけでは変でしょう。」ということで、
包括的に「在宅医療の推進」すべてについて、質問項目とすることにしました。

自分の体験や、参考図書を読み、友人から「家族の死」や、自らの体験などを聞きました。
お医者さんから、また看護師さんから、ヘルパーをしている人からも聞きました。

万感の思いを込めて質問したつもりですが、
あいにく、時間が足りず、物足りない内容となってしまいました。
それでも、とにかく、「在宅医療」の仕組みを、しっかり地域に作っていきたい、という気持ちを伝えました。

また、観点を変えて、今後質問していきます。

とにかく力強い五味先生のお話、ありがとうございました。今も、心が熱くなります。

続きを読む

まちづくりの集い&太平興産
11月2日は、八幡公民館で「まちづくりの集い」
県議、市議そろっての議会報告と地元の皆さんとの意見交換会。
その後は、小沢さんの「知って得する 薬のはなし」
おもしろい!
最後の25分ほどでの解説と話だったのだけど、
日頃ほとんど薬と縁のない私にとっても、興味深い「へ~っ?」という話がいっぱい。
参加してくださった方々、ありがとうございました。

そして11月4日は、飯沼公民館で、「まちづくりの集い」
飯沼や島野の方々が集まってくださって、いろんなお話ができました。
飯沼公民館
森山さんの地元なので飯沼の課題を事前にしっかり調べて報告。
小沢さんの薬の話も好評。(もっとくわしく聞くチャンスを是非!)

ここ飯沼公民館は、防災意識が高く、水害予防に町会を上げて取り組んでいます。
内水氾濫の被害にあった時の写真が玄関脇に貼ってあります。

前回、防災のお話を伺いに来た時にも感心したましたが、
これは、いざという時の非常米を適温に保存する冷蔵庫(もちろんお米が入っています)です。
庫米保存
そして、壁には、ヘルメット。
飯沼ヘルメット

11月2日の午後は、翌日に予定されている光の子幼稚園のバザー準備。エプロンであれこれ・・・。
(あまり役に立たない私です)
久しぶりに教会の仲間と、わいわい楽しくバザー準備ができて、これも嬉しい!
翌日のバザーは好天に恵まれて、私は、お昼すぎまで「おでん」売り場で、てんてこまいでした。
(写真を撮り忘れた!無念)
代わりに、3日朝の辰巳神社のお祭りの写真。
辰巳祭り

*****
そして、今日は、富津の管理型処分場である太平興産(株)の見学会に参加しました。
あまり運転が上手でない私は、とにかく高速で富津の現地に行くだけで、緊張しました。(あ~疲れた!)
10時から見学。
4年?前に案内してくださった森さんに、今日も案内してもらいました。

ここは、搬入路から見た第三処分場(平成20年10月から埋め立て開始)
面積:67,514㎡。  容積:1,177,949㎥   残余容積:735,700㎥
1大平こうさん
天然岩盤だけでなく、遮水二重シートを敷設しています。
右手の奥の方は、すっかり埋まっています。(前はこんな景色じゃなかったな・・・・)

浸出水の大きな集水管が場内に埋まっています(すでに埋まって、今は見えません)
枝管は、まだ少し見えます。(よく見ると・・・)

実は、第二処分場で漏洩事故が発生し、そこへの廃棄物の搬入はストップしていましたが、
2013年6月11日に、漏洩している第二処分場の上に第三処分場増設計画を県に申請し、
翌年の3月27日に、県は条件付きで許可しました。その埋め立てが2016年4月から始まっていて、そこを見学に行ったわけです。

漏洩箇所のある第二処分場の追加対策工事がなされている現場です。
2大平こうさん奥

もともとこの処分場は、強固な不透水性岩盤があるということで遮水シートを敷かずに許可された珍しい処分場です。今となっては、この時遮水シートを敷かなかったことが「あだ」となったとしか言いようがありません。
2006年に高濃度の塩化物イオンが観測井から検出され、それ以降、第二処分場への搬入は止まっているわけです。(現在も)

大平興産は、第二処分場の漏洩中の廃棄物層から外へ漏れないように、仕切り鋼矢板を打ち込んで対策をとっていますが、
しかし、完全に漏洩をストップできたわけではないので、住民の不安は拭えません。

富津市議会も、富津市長も、住民の反対運動の意向を受けて、「第三処分場の容認は難しい」という見解を明確にしています。

遮水シートとは?ということで見せてもらいました。
五層になっています。
(搬入路に立って説明してもらったのですが、ここもいずれ埋まるので、先に五層シートが見えている部分があり、そこを見せてもらいました)
五層のシート

毎日埋め立て後に覆土するのですが、その覆土の土はどこから持ってくるのですか?

写真で見える奥の山を削って運びます。
奥から土を持ってくる

その後、初めて訪問する人もいるということで、排水処理施設を見学。
汚水処理
ぶくぶく曝気しながら生物処理による脱窒素、BOD除去、酸性凝集沈殿、COD対策、濾過、活性炭吸着、・・・徐々に浄化していきます。
すると、こんな汚い原水が、ここまできれいになります。
原水と処理水
ちょっと舐めてみたけど、少し、しょっぱい?・・・あまりしょっぱくない?

放射性セシウムが検出された時のためにゼオライト塔があります。(ほとんど使われない。でも、お金はウンとかかる)
放射能対策ゼオライト
ホウ素を除去するためのキレート樹脂塔もあります。
(吸着すると交換)

汚水処理全体で、月に2~3000万円かかるそうです。部品の経年劣化もあるだろうし、そうすれば交換も考えねばならないし、
管理型処分場の経営も大変だな、というのが本日の感想です。
最後に大平興産の前で全員集合の写真。
大平こうさん全員集合

人が生きていればゴミは出ます。そのゴミ処理のお金をけちると、結局そのつけは私たちにかかってきます。
ゴミをできるだけ出さない、分別、リサイクルを徹底する、不必要な贅沢はしない・・・そして、既存の最終処分場の延命を図る、
などなど・・・思いながらまた車で高速道路を走りました。(疲れて、PAでちょっと一眠り)

その後、2時40分から、千葉の生涯学習センターで「日本と原発 4年後」という映画の上映会へ行きました。
監督でもあり出演者でもある 河合弘之弁護士のお話も秀逸。
原発4年後
原発は、究極のエネルギーの無駄使いであり、大量ゴミを出す元凶です。

と、朝からの処分場見学と合わせて考えたところで、本日のオチがつきました。






五井駅 びっくりぽん!
今朝は久しぶりに五井駅頭で、集会案内のチラシを配りました。
そこで驚きの発見2つのご紹介です。

(写真は、11時ころ、改めて五井駅に行って撮ったもの)話の内容は今朝の話です。

まず、この写真、五井駅の通路です。
五井駅1
ここに、市原の名所、観光スポットの案内が掲示してあるから・・・ということなのですが・・・え~と・・。

3枚のパネルが、通路の横壁に・・・。
五井駅2
え?真ん中の地図は、市原・・ですが・・・。何を意味するのか・・・・わかりません。
両隣は、市の文化遺産のようですが・・・インパクト弱くて・・・・
・・・朝、そばに寄って、怪訝そうに覗いている男性が一人。首をかしげています。

そこで、私も覗いて見て、・・・これが、観光用のパネルなのかなあ・・・・。
教育委員会のパネルだから、文化遺産を紹介するだけでいいってことなのかな?・・・よくわかりません。
このパネル展示の予算って、いくらだったんだろう。

そのうち、ある市外から来られたと思われる背広姿の男性から話しかけられました。
「あのう・・・小湊鉄道の切符売り場って、どこでしょう・・・」

私「あー、わかりにくいですけど、改札口の中に、小湊の切符売り場があるんですよ。
改札口の駅員さんに聞いてください。聞かないとわからないと思います。聞いたほうが絶対早いので、必ず聞いてください」
と、改札口を指差しながら、お答えしました。

その後も、その男性は、ウロウロ・・・。シャイだから聞かなかったのかな?大丈夫だったのかな・・・?。
・・・・そして、なんとか、初期の目的を達することができたようです、が・・・。
・・・やっぱりどうなったのか、気になります。

旗をたたんで、帰る準備をして、私も小湊鉄道改札口を改めて探しに行きました。
五井駅改札口、右側です。
3五井駅
「小湊鉄道は、パスモ・スイカは使えません」とだけ書かれています。

え~と、どこから入るんだったっけ・・・。
五井駅4
こっち?あ、上に書いてある。
五井駅5

でも、切符はどこで買うの?
もう一度、見る。・・・・あ~ここだ、ここに書いてある。
五井駅4
そばに寄ってよ~く見ると、書いてあります。新・発見!
五井駅6
A4のペーパーに、
小湊鉄道乗り場
案内所、切符売り場

JR改札係員に声をかけてください。
こちらからお通りください。
・・・・だって(°д°)

今度11月から、小湊鉄道「里見駅」からトロッコ車両が走るそうです。
今朝の千葉日報に出ていました。

観光の目玉になりそうですが、果たして来場者は、改札口を発見できるのか!?
切符が買えるのか!?・・・そこからアドベンチャーワールドが始まりそうです。

切符の買い方がこんなに難しいのでは、
とても市外の方に「どうぞ秋の小湊沿線の旅をお楽しみください。お越し下さい」とは言えないのでは?

小湊鉄道とJRと市原市が協議して、乗車する人にとって便利なように、掲示板や切符売り場を工夫すればすむことなのに、
いつまで、こんなことをしているんでしょう。

そういえば、先日の国府まつりでも、気になりました。

あの日、私は、国府まつり開会式最中に抜け出して、五井駅から千葉方面に向かったのですが、
駅までの道に、またしても「まつり」ののぼり旗一枚立っていない。閑散とした駅周辺!

五井駅通路に、机がひとつあって、職員が電車を降りた人に案内をして、壁際にポスターは貼ってあったけど、

なんで、駅改札口の中(構内)に、国府まつりのポスターの一枚も貼ってないの?

五井駅の改札口出た真ん前に、ポスターや案内看板がないの?

西口へお客さんが行ってしまったら、どうするの?

更級どおり(孝標の娘にちなんで命名)から、国府祭りの会場までの通りに、
なんで旗を立てて、案内と賑わいを演出しないの?

これでは、本気で市外からお客さんを呼んで、観光振興しようとしているとは思えないのです。
「おもてなし」っていう言葉が流行りましたが、
市原にとっては、「おもてなし」へのゴールは、まだまだ遠そうです。

出来合いのアートミックスを再び行う前に、すべきことがたくさんありそうです。ヽ(`Д´)ノ

最後の写真は、通路で美味しい野菜やお漬物などを並べていた I さんのお店。
五井駅7
会議とイベントと遠山あきさん
27日の県ネット運営委員会。
28日は、いちはらネットの運営委員会、そして午後は通信の打ち合わせ。

29日は、国分寺公民館で「まちづくりの集い」。議員と議会報告と、市民の皆さんの日頃思っていらっしゃることを聞く会です。

通常なら、7~8人、というところなのですが、今回は、スタッフが、熱心に事前にチラシを配布し、電話をかけ、かつ、街宣車で国分寺台の中を丁寧に広報してまわる、という活動をしてくださいました。
そのおかげで、たくさんの方が参加して下さり、話も大いに盛り上がりました。
スタッフに感謝!参加してくださった方々に感謝です!
これからも、各地で、こんな活動をしていきたいです。

夜は、千葉市文化センターで、指定廃棄物の連絡協議会の打ち合わせ。

そして、今日は、10月最後の31日(土)。
午前中は、市民会館で行われた「循環器病センターの市民公開講座」に参加しました。
テーマは、「脳卒中にならないために」
参加者は、なんと160人!

院長の小野先生による、ほんとにわかりやすいレクチャーです。

脳卒中は、全身血管病(動脈硬化症)の一部分症である。
また脳卒は、脳のみならず、全身の血管、とくに心血管の検索が重要である。

一度かかってしまったら、ほとんどの場合、何らかの障害がのこってしまう。だからこそ、予防を。

その予防も、いきなり極端な節制をするのでなく、生活習慣を可能な範囲で改善する。
管理不十分で発症(一過性脳虚血発作)したとしても積極的な初動治療をすることで、
健康な人と変わらない人生を送ることができる。

最後に「脳卒中は、重症になったら大きい病院へ」と考えず、
軽いうちに専門医に見せたほうが、適切な対応が図れるとのこと。


脳ドッグを受けるべきかどうか、という際の判断のお話も面白かった。
こうした市民講座は、また来年春に行う予定だとのこと。その際はさらに多くの方に参加してほしい。

その後、若宮フリーマーケットに足を伸ばし、少し買い物をしたり食べたり。

次は、急いで鶴舞へ。
岸本さんちで開催されている美術展が今日までなので、焦って出かけたわけです。

ビックリの色彩!見てください、この作品。
常泉清2
常泉清さん絵1
88歳から絵を描き始めた常泉清さん(現在100歳)の作品です。お住まいは大多喜。
画材は、はじめは、お孫さんの使いかけの絵の具だったとか・・・。
弘法、筆を選ばず、とはよく言ったものです。

その場所で、遠山あきさんの訃報を耳にし、今日がお通夜ということで、早速、夜のお通夜に伺いました。
遠山あきさんは、享年98歳。
教師として、郷土を愛する作家として、
ご家族に愛され、地域の人たちに愛され、市原の宝として愛された生涯であったと思います。
ご冥福を心からお祈りします。
(写真はインターネットから拝借しました。この童女のような可愛らしいお顔が大好きでした)
遠山あきさん

私も、これまでに何度かあきさんの講演会に参加し、その都度、お話に心を打たれてきました。

あきさんたちにとって、養老川が、暮らしの中にどれほど溶け込んでいたか、
当時の人たちが、どれほど川と一体になって暮らしていたか、
活きた川と人との交流が、お話からしみじみ伝わってきて、
心が心地よい川音で満たされるような気持ちでした。

もちろんあきさんの慎ましやかで、率直な人柄がそのお話の気持ちよさの根底にあったからだと思います。
あきさんの生き方は、私の密かな目標でもありました。

市原市は、大切な星を失いました。
でも遠山あき先生!
これからもみんなの心の内に生き続けてください。

ご冥福をお祈りします。
プロフィール

ichiharatomoko

Author:ichiharatomoko
     
1948年石川県生まれ
早稲田大学卒業
市原市議2期を経て千葉県議(2期目)
市民ネットワーク千葉県共同代表

子ども3人は独立し夫と2人暮らし、ネコ1匹
趣味は絵を描くこと、俳句、散歩、読書

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